てんぱ

 

 

若島津が瞳を開けたとたん、そこには反町一樹の顔があった。それも至近距離。超アップ。

 

 

「若島津って今まで気づかなかったけど、すげー睫毛ばっさばさ。そのうえすごいカール。

 眼だけはフランス人形なみだよ。」

 ビューラー・マスカラいらずだな。真剣な表情で頷く彼の腹に軽く一発入れといた。

 なにが「マスカラ」だよ。んなもん、男の俺たちに不要だろうが。

 だから、この眼、見られんのヤだったんだよ。

 声に出さずにオーラで訴えた。

 

「ああ、こいつ、小せえ時は天パだったからな。」

 このオーラに気づかない男が一番知られたくないことを口にしだした。

「初めて見たとき、顔の色は白いし髪の毛はちょっと茶髪で綿菓子みたいな天パだったから、確かに人形みたいだったぜ。」

 日向、黙れ!

 またもやオーラで訴えてみたが、日向のしゃべりは止まらなかった。

「女みてーなヤツと思ってたら、喋ってみたら口はわりーし、目つきもわりーし、ケンカっ早くて態度も悪い男だったんだな。こいつとは絶対合わねえなと思ってたのに、サッカーやらせたらすっげー上手くてよぉ・・・・・・」

 どうやら、日向とはオーラでは意思の伝達不可能らしい。(*ふつう誰もできません)

 

「えー!見たい見たい!健ちゃんのフランス人形時代の写真が見たい!!」

 今はサラサラ・・・じゃないけれど、バサバサのこのまっすぐな髪の毛。

この髪がくるくるふわふわの天然パーマだったなんて信じられない。

先程の一発が効いていないのか、再び反町が命知らずな発言をした。

「ぐへっ・・・」

奇妙な音を吐きながら、反町・・・じゃなくて日向が床に倒れた。

どうやら若島津のイライラアンテナ(ドラえもんの道具ではありません)にひっかかったのは反町ではなく日向だったらしい。

諸悪の元凶は日向。

「今のは正当防衛だ。」

「あの・・・日向さんは何もしてないような気が・・・」

「せいとうぼうえい。」

「・・・はい、おっしゃるとおりでございます(涙)。」

「安心せい、ミネウチじゃ。」

「は?」

「急所ははずしてある。朝までには部屋に戻るだろ。」

 ほっとけほっとけ、と手をひらひらさせながら出て行く守護神を見送りながら、改めてその偉大さを思い知った(ついでに絶対怒らせたらいけないことを再確認)。

 

 

「てめー、本気で殴りやがったな。」

「ありゃ、もう生き返ったのかよ。さすが猛虎だねえ。」

 殴ってすっきりしたのか晴れやかな笑顔で日向を部屋へ迎えいれる。一瞬見惚れるくらいのいい笑顔。

「なに言ってんだよ。俺が本気で殴ったら、今頃病院のベッドの上だぞ。」

 ふふん、と自慢げに指をパキパキ鳴らす。

 こんなトコはちっとも変わってねえよな。勝利のあとは隙だらけだぜ。

日向は胸の中でにやりと笑い、後ろから羽交い絞めにし耳元に音を立ててキスをする。

「くっ・・・て・めえ・・・」

「だから、おまえは甘いっての。」

 

 初めてふわふわの綿菓子が自分を見たときドキッとした。白くて細い腕がのばされたのをぼんやり見てたら、いきなりの突きであえなく地面に崩れおちた。あのときなんでパンチをくらったのかはよく覚えてないが確かあいつの妹を泣かせたと勘違いされたらしい。どうにか立ち上がると大きな瞳が「へえ、意外とやるじゃん」とつぶやいたのがわかった。しだけどこれ以上は意味がないと判断した若島津はくるりと背を向け立ち去ろうとした。その瞬間振り上げた足が背中にヒットし、まだ華奢で体重の軽い綿菓子はゆうに5mはふっとんだようだった。

翌日妹を泣かせたのは日向ではないことを知り、男らしく(顔は女みたいだったけど)頭を下げ握手を求めた。その時握った手を離したくなかったのはなぜだろう?

 以後、意気投合した2人はつるむようになった。あの時、若島津が勝利を確信し背中を向けなかったら勝てなかったし、今の自分たちはないと思う。

 

「ちくしょ・・・覚えてろよっ・・・」

 シャツの裾から手を差し込みなだらかな胸を撫でる。歯を噛み締めながら悔しそうに漏らす声が日向は好きだ。徐々に彼の思考が自分のほうへと傾いていくさまが見えるようで。

 もっと自分が若島津の中でいっぱいになればいいのに。

「はいはい。」

 そう返事しながら、首筋に舌を這わせる。

 汗に濡れて首筋の柔らかい髪は緩くうねっていた。昔の彼の綿菓子そのまま。

あの頃から特別だったんだよな。

 髪を指に絡ませ、唇を寄せる。

「大好きだ。昔も今も。」

 日向の呟きにも似た告白が届いたのかどうかはわからなかったが、若島津は力を少し緩め長いまつげをそっと伏せた。

 

 

 

 数日後、食堂から反町と数人の声が聞こえてきた。みんな何故だか声をひそめて話しているようだ。

「どうやって、これ、手に入れたんだよ?」

「ひいみいつう♪」

「ああ、若島津のお袋さんに『学祭で使うんです』とか適当な理由つけて送ってもらってたぜ。」

「島野、しゃべんなよ〜。」

「でもさ、ほんとにコレ若島津?」

「すっげーかわいい・・・。こんなかわいい子供見たことないよ。」

「こんなかわいいのに、大きくなったらあんな人間凶器になっちまうのか・・・」

 ぱたん。

 静かに食堂の扉を開けて中に入る。自慢だが足音を忍ばせるのと気配を消すのは得意だったりする(普通は自慢しないんだけどね)。反町の背中にまわり、そっと手元を覗いてみた。案の定、若島津の子供の頃の写真が数枚握られている。

どの写真もフランス人形並みの可愛さを持った若島津。ただし、仏頂面。

「げっ!日向さん?!」

 日向の存在に気づいた面々は一気に表情が固まった。日々の練習で鍛えた自慢の足で自室までダッシュしようと出口までの距離を測っている。

「別に逃げるこた、ないだろ?」

 意外と優しげな声に、反町他数名は「おや?」と思った。

「なんで、俺が怒るんだよ?」

 たしかに。これが若島津なら半殺し、いやそれ以上だけど、別に日向さんに見つかっても逃げる必要ないかも。

「よくこんな写真手に入れたよなあ。さすが反町。だけど。」

 そこで日向はいったん言葉をきってみせた。

「バレたら、口きいてくんねえぞ。」

 これは俺が実家に返しとく。そう言って日向は写真を手に食堂を後にした。

 

 数枚ある写真はすべて無表情な若島津だった。でも目が離せなくなったモノが1枚。

 キレイな顔が悔し涙に濡れている。白い道着を着ているところから空手の大会らしい。

 空手のときでもサッカーのときでも自分の腕の中でも。

 勝負をあきらめていない悔しそうな表情をする彼が好きだ。

 その1枚だけをそっと机の中に押し込んで後は若島津の母宛の封筒の中に入れた。

 

「口きいてくれないのは、半殺しより辛いよなあ。」

 反町は自室に戻ると島野にポツリと言った。ケンカをしてもよほどのことがない限り、次にあったときには肩に腕をまわし「元気かよ?」ときいてくる。彼の中でも自分の位置を理解しているからこそ、信頼を裏切りたくない。

「写真は俺たちの心の中にだけとっとこ。」

 せっかく頑張って送ってもらったのにもったいないなあと思いつつ、きっぱりあきらめることにした。

 俺はやっぱ今の若島津のほうが好きだなあ。

 布団にもぐりこみながらぼんやりとそう思う。

 

 

 

今夜は楽しい夢が見られるような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまいです。長い間お待たせしたわりには中途半端な感じでごめんなさいいいい。(;_;)

二人の出会いとか、若島津の髪の毛の話は聖域で、私なんかが書くなんて・・・と思ってたのに。

ちなみに日向は綿菓子みたいなてんぱと言っていますが、そんなにちりちりじゃないです。

毛先がくるくるって感じになってるだけだと思ってるんですが。        2005.07.30